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2005年11月19日

「させよ論」を書いて思ったコト

なんだかアクセスが普段の倍ぐらいあって怖い。

大手ニュースサイトで「子供にゲームをさせよ論」が紹介された為か、そのエントリーだけ他に比べてアクセスが突出して多い。ビックリ。しかも「ゲームは『褒める装置』」という、鶴見にしてみれば「常識」だと考えていたコトが、実は世間では(ゲーム界隈も含めて)あまり常識ではなかったらしく、二度ビックリ。

そういえば、世間で「子供にゲームをさせよ!」と声高に唱える人っていないよね。不思議。まあ、教育系の人間が唱えないのは当然だし、アカデミズム系の中でも比較的ゲームに好意的な方々(坂元章氏とか七海陽氏あたり)が、かろうじて「子供がゲームを遊ぶのは当然。それならば…」という前提から実証研究をしている、といったカンジか。

もちろん、ゲーム制作側は「ゲームをして語らしめよ」と思っているから、あえて書くコトはない…普通は(笑)。でも鶴見は、在野のゲーム系の論客が、ゲームビジネス論とかヲタク解釈系言説の一環としてばかりゲームを語っている現状が不満なんで、自分で書いちゃう。確かに、思春期以降のゲームユーザーの動向を読み解く上では、そういった類の論調が中心にならざるを得ないんだろうけど、それじゃあ世間の「ゲーム=有害図書」と決めつけたい有象無象の圧力には対抗できないワケだから。

この調子で、制作者視点での「子供にゲームをさせよ論」を書き綴っていけば、ゲームの地位向上にちったあ貢献出来るんだろうか。だったら、本腰入れて「させよ論」を書いていくんだが。

カテゴリー: 鶴見之生活
タグ: させよ論

投稿者 tsurumy : 2005年11月19日 23:15

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